終焉

最近、朝の十時半に就労支援団体でパソコンの練習に行っている、
電話が鳴って、スタッフの方々がちょっと話していた、
就労支援団体で一緒にプログラムを受けていた人が水産加工会社に就職したが、専務からうちではもう雇えないと言われたらしい、
15分くらいたって本人が事務所にきた、

本人は、開口一番に悔しいと話した、それから、色々と話していた、ここからは耳に入ってきたはなしだから、詳しいことはわからないが、
水産加工会社で品質管理や事務を担当していたらしい、
そこで、品質管理の仕事が楽しくてやりがいがあったそうだ、
しかし、腰が悪くて重いものをもったりすることができなかったり、前の会社にいたときのことを社員の人に話すと、それは君の都合だと言われたり、お客さんからクレームが入ったり、家族経営みたいな感じだったり、契約書が渡されなかったりと色々とあったらしい、それで個室に呼ばれて、もう雇えない、うちでこんな調子なら他に行っても同じようになるから体を鍛えたほうがいいよと言われたそうだ、

本人は朝早くに行ったり、体調が悪くなったりと本調子ではなかったが頑張ってきたと話していた、
ハローワークや団体のスタッフから、ここは研修制度が整っていていい会社だからとすすめられて、面接をうけて、11月から入社するんですと私に笑顔で話していたのに、
本日は団体スタッフに、また戻ってきてしまいました、と申し訳なさそうに話していた、
団体のスタッフは、ちらっと、うちのことを理解してくれている会社だと思っていたのにね、と話していた、

その時、利用者は私だけしかいなくて、スタッフの方は私にちょっと気をつかっていた、
嫌でも聞こえてくるので、聞いている私まで悲しくなったし、悔しくなった、
それで、フラッシュバックした、
めちゃめちゃ気分が悪くなり、吐き気がしたから事務所を出た、

事務所を出てから、なぜ社長とかはどこでもやっていけないなどと話すのだろうかと冷静に考えてみたけど、その心情が分からない、
母から言わせれば、それは優しさらしい、それで人間は自分に当てはまる場所に流れると話していた、
自分を含めて、このような支援団体に通っているような人は、一般企業では受け入れてもらえないのだろうかという不安も芽生えたし、
仕事をするのがさらに怖くなった、また自分も同じになってしまったらどうしようという気持ちも芽生えた、

これを書いていて、なんて弱いメンタルなんだと思う、
ただ、当事者本人の気持ちが痛いほど分かるので、どう接すればいいのかと思う、
こんなことって、一般企業ならざらにあるのかもしれない、
ただ、本人が親を楽にできると思っていたのにとか話しているのを聞いて、ちょっと泣きたくなった、労働基準監督所にいけばいい話だよなと思っていたが、契約書がないからそもそも働いていたことになっていないらしい、

実は、私も前の職場でいざこざがあったときに、スタッフの人に話を聞いてもらった、
私、あんな感じで見られていたんだなと客観視していた、
人間、予期せぬことに見舞われたら嘆きたくなるし、怒りたくなるけど、
余裕って必要だなと思った、
私はそんな状況なら、余裕をもてと言われても無理だ、

でも、その人が戻ってきてちょっとだけ安心している自分がいた、
ずっといる人がいなくなるのは、寂しかったからかもしれない、
ずっといるべきとこじゃないのも重々承知している、
でも、なんだか、この生活から抜け出すのが切なくなる、それは、私が満足に今を生きていないからだ、次のステージにいかないと!!と思っていないからだ、今の気持ちを例えるなら、大学時代の終わりの時期のような気分だ、

この生活を終わらせないといけないときがくる、そのためには何が必要で、何をしなければならないかを目の当たりにする、それってつまり、モラトリアムの終焉なんだろうな、
今まで、ずっと誰かに期待してきたのかな、前の上司には私を分かってと期待してきたな、上司にその部分は悪かったな、上司に私の何かを変えてほしかったのかもしれない、
だれかがきっとやってくれると、思っていたのかもしれない、誰かの助けを求めていたし、だれかが助けてくれると思っていたと感じた、
ああ、モラトリアムから抜け出せていない、
脱け出すってそもそも何を定義しているんだろう、

今夜は雨だ、
すごく、悲しい