どん底

昼間に起きたら父が居間にいた、
いつもは現場にいるはずの時間、なにやらおかしい、
正午からチューハイを片手に持ち一人親方になるための書類を書いていた、
父は私に一緒に土建屋をやらないかと話してきた、断ったけど、

母が帰ってきて、なぜ父が居間にいたのかわかった、父は現場の人に持病の腰痛のために病院へいくと同僚に電話で話していたらしい、
しかし、父は病院にはいかず、車の修理の見積もりをとりに行ったりしていた、それには母も大激怒、何度かそういうことはあったが今回は訳が違った、父は一人親方になるので心機一転して「今月は休まないでいく」と宣言していたのだ、色々と突っ込みたいところはあったが、父がまた仕事ができることでほっとしていた、
父は母に出ていけ俺の家だと話すと、母は親戚中が私の方に味方がつくとか怒鳴りあっていた、
母は、一人親方なら信頼が大事だみたいなことを話していた、

父は、少し可哀想だ、
母は、弟を産んでから数年後、他の子供とは違うと検診でひっかかり、それから色々な病院に行った、結果的には弟は重度の自閉症と診断される、
まだ結果が分からなかったとき、当時20代後半の母は一人で行くのが精神的に耐えられず、父にちょくちょく休みをとってもらい病院に付き添ってもらっていた、
その当時、父は出世を目指していたそうだが、度重なる休みのせいで道は閉ざされてしまった、父に1度、なぜ部長とかにならないのと聞いたことがある、父はオファーは受けたが断ったと話していた、父が本当に可哀想だ、

母方の祖父、つまり私のおじいちゃんは船乗りだった、しかし、家庭は貧しく、病弱な祖母、つまり私のお婆ちゃんが入院したりすると、船の仕事が上手くいくときに降りて看病などをしなければならなかった、
母は、祖父のことを本当についていない人、人生で楽しいと思ったことはないと思うと話していた、
そんなことはないと私は言いたい、孫が9人もいて、ランドセルをほぼ全員に買ってくれたときはどんな気持ちだったのだろう、きっと、楽しいこともあったけど、忘れているだけ、
母の周りには、つまらない人生な男性が多い気がする、母はそれに気づいていない、

夜、父が俺は終わったと話していた、
母からは、日給が一万円でなかったため仕事を辞める方向になったようだ、
母は、家族のためなら日給が九千円でも働くと思うし、家族がいるならと思ってどんな仕事でもやるはずだと憔悴したように話す、
それは違う、妻が子供に夫の愚痴を四六時中話していたら、誰も夫を信用しなくなる、父はそのせいで酒に溺れた、

父に一度聞いてみよう、あなたの人生はどうでしたかと、母には聞かない、
神様、どうか父を救ってください、父が可哀想です、父を救ってください、
どんな状態でも、明るい家族はいるんだろうね、そんな家族が羨ましい、
ふと見上げたら台所の窓があった、怒鳴りあっている両親をBGMに、ああ、ここはどん底だ、しっかり見ておこうと思った、

前までの私ならここで終わるが、今の私なら安心の柱と勇気を心に建てる、
もうダメじゃない、まだいける、
何がいけるのか分からないが、大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫、大丈夫じゃなかったら、柱のたてかたが悪かっただけだ、
私はまだどん底から這い上がれる